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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1455号 判決

控訴 東都信用組合

理由

一  被控訴人が昭和四二年一二月二〇日控訴人の本所支店(以下単に本所支店という。)に金二〇〇〇万円を普通預金し、控訴人が被控訴人に対しその利息として預入れの当日から引出の日の前日まで日歩金七厘の割合の金員を支払う旨を約したこと、被控訴人が昭和四三年一月一九日控訴人に対し右預金全額の返還請求をしたことは当事者間に争いがない。よつて、控訴人の抗弁について次項以下に判断する。

二  控訴人はまず、控訴人が訴外中尾欣也に合計金一九五〇万円を支払つて弁済したと主張する。

《証拠》によれば、本所支店預金係角雅治は、訴外中尾欣也から本件預金の預金者から依頼があつたから払戻手続をしてくれといわれて、右中尾に対し(イ)昭和四二年一二月二一日現金五〇万円(ロ)同年同月二二日現金二〇〇万円預手五通(金額五〇万円のもの四通・一〇〇万円のもの一通)(ハ)同年同月二五日現金一五〇万円預手二通(金額各二〇〇万円)(ニ)同年同月二六日現金四五〇万円(ホ)同年同月二八日現金二〇〇万円(ヘ)同年同月二九日現金二〇〇万円をそれぞれ交付したことが認められる。

しかしながら、前掲各証拠によれば「右中尾欣也は当時本所支店の外勤係として預金の勧誘・獲得や月掛預金の集金事務に従事していたのであるが、預金者の依頼によつて、預金通帳を預金者の手許においたまま預金払戻金を預金係から預つてきて預金者に届ける(このような預金の払戻方法は一般に便宜扱いとか便宜払いと呼ばれている)という仕事もしていたのであり、前記角雅治はこの便宜扱い方法に従い払戻手続をし、中尾に前記のように現金又は預手を預けたのであるがその都度預金者の預金通帳に払戻の記載をし、普通預金請求書と引換えに引渡すよう指示し、中尾もこれを承知しているといつて交付を受けている。」ことが認められるのであつて、右の事実によれば、中尾欣也の内心の意図はともあれ、本所支店の預金係角雅治は本所支店の外勤係職員としての中尾に対し、預金係に代つて被控訴人に本件預金の払戻金を交付するよう依頼し前記のように現金又は預手を交付したものとみるのが相当であつて、中尾が被控訴人の代理人として預金の払戻を請求し受領したとみるべきではない。したがつて、角雅治が中尾に対し現金又は預手を交付したからといつて直ちに被控訴人に対する弁済として効果が発生するいわれはない。よつて、控訴人の前記主張は採用できない。

なお右中尾は訴外松平章照こと鈴木二郎から被控訴人名義の普通預金請求書を受領し、前記現金又は預手の大部分を右鈴木に交付し、その他は同人の承諾の下に自ら取得したこと後に認定するとおりであるが、後記認定事実によれば、鈴木において被控訴人を代理して預金の払戻を受ける権限はなく、中尾も鈴木が無権限であることを知つて前述の事務処理をしたものとみるのが相当である(当審証人中尾欣也の証言中右判断に抵触する部分があるが右は措信しない。)から、中尾が鈴木に対し現金又は預手を交付したこと或いは鈴木の承諾を得て払戻金を自ら取得したことも被控訴人に対する弁済とならないこと多言を要しない。

三  次に、控訴人は、本件預金は不法原因による給付であり、仮りにそうではないとしても、中尾欣也が前述のとおり払戻金として角雅治から現金又は預手の交付を受けたことは控訴人に対する不法行為であり、被控訴人は共同不法行為者としてその責に任ずべきである、と主張する。よつて、本件預金のなされるに至つた経過および角雅治が便宜扱いとして中尾欣也に現金等を交付した前後の事情を検討する。

《証拠》を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外中尾欣也はさきに控訴人の本店に在勤中その勧誘により預金をしてくれ、その後本所支店から貸付をも受けるようになつた自分の得意先である訴外北尾陽一が昭和四一年五月頃本所支店に対する負債一〇〇〇万円以上を残したまま倒産したので、上司から責任追及をされ窮境に立たされていたところ、この事情を北尾の友人檜垣勲から聞き知つた前記鈴木二郎は金主を他からみつけてきて本所支店に預金させ、中尾欣也を利用して便宜扱いの方法によりその預金を自分で引出し利用しようと計画した。そして、昭和四二年一二月一一日頃中尾に「北尾の負債は一切支払つて解決してやる。」といつてその話をもちかけ、中尾も「預金者からいついつまでは預金の払戻をしないという念書と、その間は自分がその預金を引出して自由に使うという保証書つまり委任状を貰つておくから。」と鈴木にいわれて、鈴木の紹介する預金者の預金を鈴木が便宜扱いの方法により引出すことを承知した。

(二)  そこで、鈴木は訴外山田こと峰岡敏雄に「本所支店の預金課長の年末割当預金獲得に協力してくれ。二〇〇〇万円の預金のできる人を世話してほしい。五〇万円の礼金を預金者に支払うから。」と話をもちかけ、峰岡は同月一五、六日頃訴外黒田八造に「本所支店に二〇〇〇万円を預金してくれれば来年になつたら本所支店から金が借りられるのだが預金してくれないか。」と申入れた。黒田はこれを承知したが自分では資金の都合がつかないので、さらに訴外高市政五郎に頼んで紹介して貰つて被控訴人に預金してくれるよう依頼した。そして黒田は一方峰岡には礼金八〇万円を支払つて貰うことを諒解させ、峰岡は鈴木に礼金一〇〇万円を出させることとし、鈴木には預金者から一ケ月預金を払戻さないという念書を貰つてやることを約束し、黒田にも念書を出して貰うことを承知させた。黒田は被控訴人に「本所支店と取引しているものが営業マンから年越の協力預金を二〇〇〇万円位してくれと頼まれており、その代り来年になるとその半分を借りることができるといつておる。一ケ月でいいからやつてくれ。六〇万円の礼金を支払う。」といつて金二〇〇〇万円の預金をすることを承諾させ、被控訴人は一ケ月間預金の払戻をしないという約束もした。

(三)  しかし、被控訴人もそれだけの持合わせがあつたわけではなく、旧知の間柄であり、豊信用組合の理事長で弁護士の渡辺酉蔵に調達を依頼した。渡辺は昭和四二年一二月二〇日当時学校法人明泉学園が右信用組合に預金してあつた定期預金の期限前の解約をし、払戻金の一部を一旦通知預金とした上即日解約し、そのなかから金八〇〇万円を同信用組合の預手として被控訴人に提供した。

そして、被控訴人と渡辺酉蔵は同道して本所支店に赴き、渡辺が右の預手と現金一二〇〇万円を携行し被控訴人の預金とした。その預金申込書は被控訴人が中尾欣也の所持していた万年筆をもつて記入し、ベークライトの三文判を押捺し、これを届出印として印鑑票にも押捺した。そして、その三文判は本所支店から交付を受けた預金通帳とともに直ちにその場で渡辺に交付されそれ以来渡辺がこれを保管してきた。

(四)  これよりさき前記黒田八造は被控訴人から預金する旨予め連絡を受け本所支店に赴き預金手続の終るまで待つこととする一方、前記峰岡を通じて鈴木にも知らせた。鈴木は本所支店にいた中尾欣也に預金者が来店する旨予め連絡し、中尾は預金係の角雅治にこのことを知らせ、支店長および預金係を時間外まで被控訴人らの来店するのを待たせておき前述の預金手続がなされた。

(五)  以上のとおり預金手続が終了したので、鈴木は預金の引出計画を実行に移し中尾に預金の便宜扱いとして引出すことを要求した。中尾は預金者から依頼があつたと預金係の角雅治にうそをいつて、本件普通預金を預金通帳も預金請求書もないまま払戻手続をさせ、角雅治から現金又は預手を受取り、鈴木の偽造した被控訴人名義の普通預金請求書を後になつて角雅治に交付するという方法で角雅治を欺罔し同人から前述のとおり現金又は預手で六回にわたり合計金一九五〇円の交付を受けた。そして、そのうち昭和四二年一二月二六日の場合だけは中尾が自ら利用するため鈴木の承諾を得て自ら取得した(預金係に対してはさきに鈴木から金額の書いてない被控訴人名義の普通預金請求書を貰い受け自ら金額を記載して使用した。)のであるが、その他の場合はすべて交付を受けた現金又は預手を鈴木に取得させた。

右普通預金請求書に用いられた印鑑は中尾から昭和四二年一二月二一日に現金の交付を受けた際鈴木においてさきに被控訴人の差入れてあつた預金申込書・印鑑票の印影に酷似したものを買い求めて使用したもので、その後、鈴木と中尾とは右預金申込書と印鑑票を、鈴木が右印鑑と中尾の万年筆を用いて偽造したものにひそかに差替えておき角雅治らに疑われないように工作をしておいた。

(六)  そして、この間において被控訴人は鈴木が峰岡に交付した礼金のうちから小井戸喜之振出の小切手(金額五〇万円)と現金一五万円を黒田の手を経て受取り、本件普通預金は翌年一月二〇日までは引出さないという趣旨の念書を黒田宛に作成して黒田に交付し、この念書は峰岡の手を経て鈴木に渡された。

(七)  以上のように被控訴人名義の預金請求書が使用されて預金払戻がなされたため、前述のとおり被控訴人が本件預金の払戻請求をした際本所支店から金一九五〇万円は支払済であるといつて拒絶されたところ、被控訴人は払戻ができない旨の念書を貰つて引揚げたのであるが、渡辺酉蔵は本件預金の際被控訴人と同道し本所支店長と面接しながら氏名・職名も明らかにしなかつたのに今度は被控訴人の代理人と称して被控訴人が預金払戻を受けられないため特別損害が発生する旨を内容証明郵便をもつて通告している。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、鈴木二郎と中尾欣也とは共同して控訴人の本所支店預金係角雅治を欺罔して合計金一九五〇万円に相当する現金又は預手を騙取したというべきであるが、右認定の事実から被控訴人において鈴木・中尾らの右不法行為を予想して本件預金をしたと推断することは早計であり、況んや被控訴人が控訴人に預金の二重払を余儀なくさせることを意図して本件預金をしたとの認定をすることはできない。《証拠関係省略》

よつて、控訴人の前記主張は採用できない。

四  控訴人は、さらに被控訴人において鈴木二郎らの前認定の不法行為を予想しなかつたとしても、予想しなかつたことにつき重大な過失があるからその責に任ずべきであるという。

そして、前認定の事実によれば、被控訴人は鈴木二郎らの前記不法行為を防止しなかつたというべきであるが、被控訴人に鈴木らの不法行為を防止すべき義務あるものとすべき根拠はないから、被控訴人が注意すれば鈴木らの右不法行為を予想し、防止措置を講じ得たとしても、このことについて被控訴人に責任を負わしめるべき理由はない。控訴人の右主張は採用できない。

なお、被控訴人が不法な目的をもつていたといえないことさきに判断したとおりであり、したがつて前認定の事実からは控訴人に対する権利の侵害とみられるべき被控訴人の積極的行為(作為)を見出すことはできないし、他に控訴人に対する被控訴人の権利侵害となる積極的行為を認めるべき証拠はないから、被控訴人に過失責任を問わるべき積極的行為ありとすることもできない。

五  しからば、控訴人の抗弁はすべて理由がなく、他に主張立証なき本件においては、控訴人は被控訴人に対し、本件預金を払戻し、かつ、これに対する払戻請求をした日の前日までの約定利息および払戻請求の当日から支払済に至るまでの法定遅延損害金の支払をなす義務あるものというべく、本訴請求は理由がある。よつて、控訴人に対し金二〇〇〇万円およびこれに対する昭和四二年一二月二〇日から昭和四三年一月一八日まで日歩七厘の利息、同年同月二〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求を認容した原判決は正当であり本件控訴は理由がないから失当として棄却し、さらに、右金二〇〇〇万円に対する年五分の割合による昭和四三年一月一九日の一日分の遅延損害金の支払を求める当審における新請求も正当として認容すべきである。

(裁判長裁判官 谷口茂栄 裁判官 綿引末男 宍戸清七)

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